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 目 次 <2006年〜>

 家の本当の価値を知ろう。〜生涯コストを考えた家選びを〜
 『家ばな』 2007 Vol.1 (2007年5日1日)

●豊かさを実感できない生涯ローンづけの日本の短命住宅

去年、住宅分野で画期的な出来事がありました。それは住宅の憲法ともいえる住生活基本法が制定・施行されたことです。これまで日本では戦後50年以上にわたって、住宅不足の解消と住宅供給を大きな経済政策と位置づけ、質よりも量を優先してきました。その結果50年〜100年以上という住宅寿命がある欧米に比べて、日本の住宅寿命はわずか27年。短命でしかも地震に弱い住宅を大量に世の中に送り出してしまうことになってしまったのです。日本が世界に冠たる所得水準、長寿命を誇りながら、全く豊かさを享受できないのは、一生に何度も家を買い換えなければならず、生涯ローンづけのため可処分所得が少ないことに起因しているのです。これを抜本的に変革することが、「量より質へ」を旗印に制定された住生活基本法の狙いです。今こそ良質で長寿命な家への価値意識の転換が望まれているのです。

●同じ2000万円の家でも生涯コストは5000万円以上違ってくる!

実際に2000万円の住宅を建てたケースで25年しかもたない短命住宅と60年もつ長寿命住宅の生涯コストを比較してみました。すると60年間で何と5000万円以上もかかるお金が違ってくるのです。その5000万円があると海外旅行でも、趣味でもどれだけやりたいことができるでしょう。これから家は買う時は、値段や見た目の良さだけで選んではいけません。仮に100万円安く家を買っても一生涯ではゆうに数千万円も支払いコストが違ってくることがあります。これからは、家の本当の値段、すなわち生涯コストこそ家選びで一番優先すべきことなのです。

●本当に良質で長持ちする住宅の4つのポイントとは?

では本当に良質で長持ちする住宅とはどんな住宅でしょうか? 私は以下の4つをすべてを満たしている住宅と考えています。
まず1つめは、構造躯体の耐久性。寒暖の差が激しく多湿な日本でも、50年以上の長きにわたり、構造体が腐ったり、錆びたりしないような取り組みがなされているかということがポイントです。
2つめは、耐震性。地震国“日本”においては、当然大地震にあうことを想定してつくらなければなりません。わかりやすい指標としては、住宅性能表示制度における耐震等級がありますが、50年以上もつような長寿命住宅では、老朽化も想定して耐震等級3(最高等級)でつくることが望ましいでしょう。
3つめは、リフォームのしやすさと設備交換のしやすさ。50年以上を考えると家族構成も変わるし、一部の設備は10〜20年に一回取り替えなければなりません。木造軸組み工法の住宅は比較的リフォームがしやすいといえるかもしれません。
4つめは、メンテナンスや保証のシステムの充実度。現在、建設業者(住宅供給業者)に課されている責任は引き渡してから10年の瑕疵保証でしかありません。これに対して50年以上という長きにわたってどのようなメンテナンスや保証の仕組みがあるのかを知っておくことが必要です。特に家を建てたあとの生活者のことをどのくらい考えてくれているのかは極めて重要な要素です。アイフルホームが日本で初めて「地震建て替え保
補償」を打ち出しましたが、生活者の地震リスクへの補償としては極めて大きなポイントでしょう。そこまでが本当の“家の値段”なのです。

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 あの阪神大震災から12年 〜 いちばん大切な見落とされた教訓とは?
 『週刊新潮』 2007/2/22号)・『saita』 4月号 (PR) アイフルホーム インタビュー

●地震で人が亡くなったのではない、家が人を殺した。

 よくマスコミでは阪神大震災の教訓として、あの時、「官邸がきちんと機能していれば」「自衛隊の出勤が早ければ」「災害情報システムが整備されていれば」などと報道されました。
  死者6000人以上を出した阪神淡路大震災では実は、犠牲者の約8割が室内で、しかも地震発生から約15分以内に圧死や窒息死などで亡くなっています。
  すなわち、亡くなった大半の方々が、地震発生と同時に家が倒壊し、その下敷きになって亡くなったのです。犠牲を出してしまった原因は、住宅の構造的な問題、すなわち1981年の新耐震基準以前の基準で建てられた家が倒壊した家の大半を占める
  こうした強い直下型地震が来ると必ず倒壊し、人を犠牲にする住宅は何と日本にまだ1150万戸あり、3000万人もの人々がまだこうした危険な住宅に住んでいるのです。

●地震で倒壊した家の再建は、基本的に“自己責任” 国も住宅会社も建て直してくれない。

 マスコミ等は地震による犠牲者を中心に取り上げました。しかしその後の本当の「不幸」についてはほとんど取り上げられていません。幸いに命はとりとめたものの、住宅を失った多くのご家族の方がいます。どの家族も元の暮らしとはほど遠い生活を余儀なくされています。阪神淡路大震災でローンが残った人は約1万5000人、家が再建できたとしても、以前の住宅ローンと新しい住宅ローンのダブルローンを抱えた方は、そのうち約2000人。ローンを組めた方はまだいい方で、大半が実質的に家を失ってしまいました。地震で家が倒壊しても、国も、銀行も、住宅会社も守ってくれないのです。
  一方、地震保険は加入率が少しずつ増えてきましたが、何といっても保険料が高く、また様々な条件に留意する必要があります。したがって、私たちは、自分自身の目で、責任で、倒壊しない家を選ぶことが、最も重要なポイントとなります。住宅会社も建ててお終いではなく、生涯使用する住宅の特性に応じた「保証」の在り方を真剣に考えなければならないでしょう。
  その中から本当に安心な家を見つけてください。

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 青森県での「地産地加地消」〜「舌」の教育を進めよう
 『東奥日報』 きょうを読む〜あすを考える (2006年8月20日)
 「世界再北限のお茶の木がある県は?」
 「国産牛最高格付けの牛肉を唯一出した県は?」
 「日本最古のそばが存在した県は?」

 いずれの答えも青森県である。以前私がパーソナリティを勤めていた青森の世界一を見つけるというラジオ番組で、食材のみならず文化や観光などの資源も含めて何と百を超える青森の世界一を紹介するに至った。
 青森県と言えばリンゴ、にんにくなどが生産量の日本一ですでに知られているが、量だけではなく質まで含めると実に多くの日本一、世界一が青森県には存在しているのである。私が約五年前青森で飲食事業を始めたきっかけは、こうした青森の隠れた宝物を発掘できないかということであった。
 地産地消とは、その地域でとれたものをその地域で消費するということであるが、私はこの間に地加を入れ、その地域で何か付加価値を加える、地産地加地消を提案している。地産地消のメリットは生産者の顔が見えるため安全、安心で、長距離を輸送しないので環境にやさしく、地域でお金が還流するため地域経済の活性化につながるというものだ。
 しかし地域の食材が輸入食材に比べて競争力を持たなければ、このすばらしい概念は、絵に描いたもちになってしまう。だから北海道でも同様に役所が旗を振って地産地消の推進をかかげてはいるが、現実的にはなかなか進んでいない。

 観光地で有名な小樽のおすし屋さんに訪れた私の知り合いが「やっぱり小樽はすしがうまい」と感動していた。しかしマーケット調査したところ、その有名な小樽のすし屋さんの約70%以上が輸入もののネタだった。多くの人がロシアのウニやカニ、ノルウェーのサーモンなどを北海道のものと思って食べていることがわかった。
 近港で上がった魚は、ほとんど付加価値がつかないまま東京の築地へ行き、小樽の飲食店では世界各地から輸入されてきている安い魚を中心に消費者に提供しているのである。

 青森県もほぼ類似した構図にある。それではなぜ地産地加地消が進まないのか?
 まずはコストである。飲食店にとってみれば、食材原価比率が30%か40%かでは天国と地獄くらいの差がある。しかし、同種の食材では青森県産品は輸入物に比べてはるかに高価だ。しかも生産者から直接仕入れる場合は、別途の送料もばかにならない。そのコスト高を補うほどの付加価値を消費者に理解してもらい、選んでいただかないと割が合わないのである。
 私のお店ではメニューに食材のウンチクをのせて青森の食材のすばらしさを伝える工夫をしているが、お店の取り組みだけでは限界である。また生産者の中には直接取引が慣れてないため、納期を守るという基本的商慣行ができていない場合も多い。
 こうしたことを解決するためには、地産地消を促進させる中間支援組織のようなものをつくり、共同仕入れ、流通、認証などをしていくというのも一つの方策だろう。
 そしてもう一つ、舌の教育を是非進めてほしい。以前私のお店で、大間の一本釣り本マグロとインドマグロのトロ食べ比べというメニューを出した。どちらかわからないように伏せて食べてもらったところ、残念ながら十人中九人がインドマグロをおいしいと選んだ。
 しかし脂分だけでない大間の本マグロのおいしさを説明し、比較して食べていただくようにすると、それ以降逆に大半が大間の本マグロをおいしいと感じていただけるようになった。
 ジャンクフードに慣れた我々は、脂分や化学調味料の影響を受け微妙なマグロ本来の味などを感じられない傾向が強くなってきている。青森の世界一、日本一を味わうには私たちがそれにふさわしい舌をつくっていくことが長い目で必要なことなのである。

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 ◎札幌/SHSHI DINING HERMITAGE 北海道市場
 BUS STOP 遊ing 北海道 Vol.13 (2005年10月14日)

絶品! 感性で味わう北海道究極素材のコラボレーション

 札幌屈指の人気店、本誌でもすっかりお馴染み「北海道食堂」の姉妹店がこの夏オープンした旨は前号で。以来3ヶ月余、早くも大勢のコラボニストたちから支持を集める、その名も「寿司ダイニングエルミタージュ・北海道市場」。日本を代表する芸術家たちが手がけた究極の空間で北海道の旬を味わう、まさに「アートと食の饗宴」を愉しむことができます。

 「エルミタージュ(隠れ家)」との名の通り店内は、遊び心いっぱいの様々な顔を持つ空間と、訪れた瞬間からはじまる度肝を抜く演出にあふれています。随所には、書家「岡本光平」、ガラス工芸家「村山耕二」、フラワーデザイナー「相馬朋代」、コールレリーフアーティスト「早川季良」といった錚々たる顔ぶれの主張や問いかけを感じることができ、さらには花見桟敷席から臨む日本を代表するアーティストたちの作品が結実した「アートガーデン」は、圧巻としか云い様のないオーラを放っています。それらはすべて同店のために創られた、まさしく究極のアートなのです。

 そして「食」。同店ではこれまで約2年に渡り、姉妹店「北海道食堂」で培った北海道の究極素材や様々な手法をベースに、こちらもお馴染み「TVチャンピオンきき舌日本一・石原隆司」「食材目利き達人・斉藤博之」両氏の豊富な知識と経験を、素材+素材の可能性を極限まで追求した「金谷理論」に則り、約200種にも及ぶ豊かな味わいを提供しています。これこそが寿司本来の味「最強コラボ寿司」をはじめとした感性に響く限定メニューの数々、もちろん「旬」も網羅されているので定番料理もしっかり愉しめます。

 曜日、時間帯にもよるが、混雑が苦手な方には深夜帯に訪れることをおすすめします。

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 ススキノで道産食材飲食店*「地産地消」を徹底的に
 『北海道新聞朝刊』 平成17年(2005年)8月5日

<ひとフロンティア>金谷年展さん(42)*慶大大学院助教授*

 その店のドアを開けると、ガラス張りの床の下はバラの花で埋め尽くされていた。落ち着きのある暖色系の明かりに照らされた店の“中庭”には著名な書家やアートデザイナーの作品がしつらえられている。

 「世界一の北海道の食材を味わうのにふさわしいステージに」−。六月下旬、札幌・ススキノに飲食店「北海道市場」をオープンさせた金谷年展さんは、新しい店にそんな思いを込めた。

●一級品で勝負

 二年前に道産食材を使った大衆料理を出す「北海道食堂」をススキノで開業し、月商一千万円を超える成功を収めている金谷さんは、「−市場」では一転して道産食材の潜在力を最大限に引き出す高級料理で勝負しようと考えた。

 積丹のキタムラサキウニや礼文島のエゾアワビ、日高のツブ貝といった海産物をはじめ、牛肉、チーズ、コメなど、店で出す食材はすべて道産の一級品にこだわった。「価格を抑えるため宣伝費はかけていないが、口コミでお客さんは着実に増えています」

 金谷さん経営の飲食店は札幌、青森、仙台三都市の計九店舗。「ラーメン店から居酒屋まで各店のコンセプトは違っても、調味料を含む食材で『地産地消』を徹底している点は同じです」。自信にあふれた表情は、野心家の若手事業家そのものだ。

 しかし、普通の経営者とは違う点がひとつ。それは金谷さんが、慶大大学院助教授の肩書を持つ環境・エネルギー問題の専門家ということだ。

●食の「植民地」

 最近の活躍は実に多彩だ。大学助教授としてテレビや新聞、雑誌にコメントし、コンサルティング会社の経営者として官庁の政策や企業の商品開発に助言する。著述家としては「メルセデス・ベンツに乗るということ」「カタツムリが、おしえてくれる!」などの著書を相次ぐベストセラーにした。

 これらと一見無関係なサイドビジネスのように見える飲食店経営だが、「とんでもない。循環型社会を目指すという点で他の活動と一つにつながっているのです」。

 きっかけは青森県立保健大助教授に招かれた一九九九年のことだった。青森には大間のマグロ、陸奥湾のホタテ、田子のニンニクなど世界に誇る食材がたくさんある。ところが赴任してみると「有名なニンニク料理屋は中国産を使っているし、大間の一本釣り本マグロはすべて東京に直送されて地元では食べられない」現実に気付いた。

 県の審議委員に選ばれたのを機に、「地産地消」こそ地場産業の活性化とエネルギーの節約につながる−との提言をまとめたが、今度は「役所のビジョンで世の中は動かない」というもう一つの現実を思い知った。

 「それならば」と自己資金五百万円を投じて青森市内に地産地消のラーメン店を開業すると、一躍人気店に。学生時代を過ごした仙台、出身地の札幌…。愛着のある土地だからこそ「食の植民地」状態を変えたい。「そのために、提言するだけのシンクタンクではなく、行動を伴うドゥー(DO)タンクでありたいんです」

●無念を晴らす

 コンサルタント業務と飲食店経営を合わせ、来年には年商十億円を見込む。その経営手腕には「学者の理論」を超えた「何か」があるようにも思える。

 祖父の貞二さん(故人)は、出身地の福井で事業に失敗し、夜逃げ同然で北海道に渡ってきた。ところが、札幌で創業した自転車店を十数年かけて成功させると、踏み倒した借金をわざわざ福井に返しにいったという。感激した債権者の一人が、松下電器産業系のナショナル自転車工業を紹介してくれたことで、道内総代理店の地位を得ることに成功する。

 後を継いだ父の貞一さん(72)は、自転車卸売業を拡大する傍ら、マウンテンバイクの普及活動に努める行動派でもあった。だが中国からの輸入品に押され、十年ほど前に廃業を決断せざるを得なくなった。

 金谷さんは祖父の生き方に学びながら、自分が店を成功させることで、事業の継続を断念した父の無念を少しでも晴らしたいと考える。「やはり私には商人の血が流れているようです」

(浜中淳)

<略歴>
 かなや・としのぶ 1962年、札幌市生まれ。札幌南高卒、東北大大学院理学研究科博士課程修了。90年富士総合研究所入社、97年に独立し、青森県立保健大助教授を経て、2002年から慶大大学院政策・メディア研究科助教授。燃料電池への造詣も深く、道の水素エネルギー資源利活用調査検討委員会委員など公職は20を超す。

【写真説明】東京、札幌、東北を飛び回る日々。2人の子供とはメールでの会話が多い。「携帯電話という文明の利器に助けられています」=札幌市中央区南5西2、「北海道市場」

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 続・地震に克つ〜首都直下に備える<8>
 『夕刊フジ』 平成17年(2005年)7月

カギは「中古住宅市場」
税制の改正も
価値認められる米国は耐震補強も真剣

 神戸市長田区のJR新長田駅南口。真新しいビルの合間に、更地がやけに目につく。

 阪神大震災で建物の8割が倒壊・焼失した同地区は、神戸市が2710億円をつぎ込み41棟の住宅兼商業施設をつくる復興再開発事業を進めるが、完成したのはいまだに20棟。震災発生直前13万人だった同区の人口は、10万4000人まで減少した。

 震災から10年。約10兆円とされる被害に投じられた公費は、推計16兆3000億円。だが国などは、「私有財産の形成に公費は充てられない」との立場で、仮設住宅に対しては1軒あたり数百万円を投じても、倒壊した家の再建に直接の補助はなかった。今もローンに苦しむ人は多い。

 神戸市の自己破産件数は、震災直後に比べ6・7倍に増加。日本全体が不況のただ中にあったとはいえ、全国の4・3倍から突出する。

 東京が第2の神戸とならないためには、どうしたらいいのか。その鍵は「中古住宅市場にある」と専門家は口をそろえる。

 「スクラップ・アンド・ビルド」の伝統が根強い日本の住宅の耐用年数は平均26年。米国の半分、英国の3分の1である。いくら大切に住んでも、築年が古ければ、むしろ更地のほうが条件が良いと見なされる。

 「しかし米国では、新築が1としたら中古は1・2の価値。古くから人が住んでいる所は周辺環境が安定しているし、リフォームなどで家にお金をかければ当然のこと。だから皆、まじめに耐震補強をしようとする」と、防災都市研究所の村上處直氏は指摘する。

 プロに頼らず、自分でトンカチを手に補強をする人も多い。「日本の技術者は完璧を求めるが、米国人は『じいさんの建物はじいさんなりに補強すればいい』という。完璧を求めて何もできなくなるより、ホドホド補強でいい」(村上氏)。

 金谷年展・慶応大学助教授は「比較的新しい家なら耐震改修は有効だが、古い家をきちんと補強するには莫大なお金がかかる。昭和56年の建築基準法改正以前の住宅については、新築のほうがたやすい」とし、こう説明する。

 「減価償却の考え方がある現行の税制では、家は長持ちすると『得』と見なされ税金がかかる。しかも高価な住宅とは、内装が豪華な家のことで構造躯体は無関係。100年もつ住宅を建てる人には60〜70年のローンを認め、中古住宅の価値を認める税制に改めるべき。中古住宅が正しく評価されれば、子供がいない人がローンを組んでも売却できる」

 「努力している人が報われる仕組みを」と訴えるのは、目黒公郎東大教授(都市震災軽減工学)だ。「事前に持ち主が自前で耐震診断を受けて改修の必要がないと判定された、または改修をして認定された住宅が損傷を受けた場合、行政から優遇支援される」システムを提案する。

 さらに「耐震改修実施者の共助システム」として、耐震改修時に一定額を積み立て、万が一の場合に支援を受ける共済制度の創設などを提唱する。

 地震が、あなただけを避けてくれることはない。自分のみは、自分で守るしかないのだ。(内藤敦子)

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 続・地震に克つ〜首都直下に備える<6>
 『夕刊フジ』 平成17年(2005年)7月

業者にもユーザーにもメリットない耐震改修
「やめた。どうせなら建て直そう」
リフォームのように効果見えず

 4月11日午前7時34分。千葉県北部で震度5強の地震が発生した。

 東京・下町の築43年の木造住宅に住む私たち一家は、朝食の最中だった。

 情報を次々と流すテレビを見つめながら、夫(40)と私は、どちらかともなくわが家の耐震改修の話を始めた。

 いつになく激しい揺れ。わが家は昨秋、取材サンプルとして耐震診断を受け、「大倒壊の危険あり」と判明。3月になってようやく、150万円をかけて「逃げる一瞬」を確保する補強工事をする契約をした。

 だが、本当にそんなことで助かるのか。150万円かける価値はあるのだろうか。

 私はひそかに疑問を感じていたものの、夫には言っていなかった。幸い、契約をした耐震診断・補強専門の都内建築事務所は、相次ぐ耐震診断の依頼で忙しいらしく、契約から数週間を経たこの時まで、連絡がなかったのだ。

 「どうなんだろう」。夫がいう。150万円の耐震補強により建築事務所社長が「保障できる」としたのは「震度5弱」だった。それより強い揺れが、すぐ近くで起きた。「意味がないよ」。私は応じた。「だってこの家、古いから、今お金をかけてもまたすぐ悪いところが出る。いずれは建て直さないとしようがないのに、無駄なお金にならない?」「やめた。どうせなら今、建て直そう」

 耐震性が不十分と見られる、昭和56年の建築基準法改正以前に建てられた住宅は、平成10年の調査では、全国で1400万戸あった。それが15年には1150万戸に減っている。だが国土交通省によると、減少分は大半が「建て替え」による。耐震補強をしたのは、ごくわずかだ。

 政府は減災対策として全住宅戸数5000万個のうち、現在の75%を10年後に90%に引き上げる目標を掲げた。日本建築防災協会の杉山義孝専務理事は「5年間で250万戸が建て替わった。順調に行けば10年後にはあと500万戸建て替わる。(目標達成は)不可能ではない」と楽観視する。

 だが、慶応大学助教授で住宅の耐震化に詳しい金谷年展氏は、「50台以上や、年金生活をしている人たちは、危険な住宅に住んでいても建て替えることもできない」と指摘したうえで、こう断言する。「一方で耐震改修は、業者もユーザーもメリットを感じられない、できればやりたくない仕組みになってしまっている」

 先日、埼玉県で地方の老姉妹が大量の耐震器具などを悪徳業者に売りつけられた事件が発覚したが、不安に付け込んで器具を売ろうとする業者は、今も後を絶たない。詐欺までいかなくとも、「結果をわざと悪くして、過剰な補強を行う業者も少なくない」(業界関係者)との指摘もある。

 このため耐震診断に補助をする自治体の多くは診断と施工の業者を分けることを前提とするが、「床下に潜ったりする必要がある大変な仕事の診断だけを、やりたい業者はいない」(金谷氏)

 一方で受ける側には「リフォームのように効果が見えない」(同)。「建築基準法改正以前の古い住宅を補強しようとすると、限りなくお金がかかる。診断の信頼度を高めるため基準を強化すると、「お金がない人には極めて残酷な結果になってしまう」

 その指摘は、耐震補強に私が感じていた疑問そのものだった。(内藤敦子)

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  カタツムリがおしえてくれる
 農林金融2005・7 <談話室>

 「でんでんむしむしカタツムリ」で誰もが子どものころから親しみをもってきたカタツムリ。ところでこのカタツムリの殻が汚れているのを見たことがあるだろうか。

  泥水をかぶっても、自分で洗うわけでもないのに殻の汚れはいつの間にかきれいに落ちている。なぜいつも自動的にきれいになってしまうのか?それにはいろいろと、秘密がある。

  実はカタツムリの殻は、その構造や表面の形状の膜などとてつもなく精巧な究極の防汚システムでできていたのである。トイレなどで有名な大手メーカーINAX者はこうしたカタツムリに学び、水まわりなどの防汚システムを開発した。

  このように動物には未だ人間には到達できていない超テクノロジーが未知数に存在している。

  たとえばクモの糸がある。クモの糸は鉄鋼の10倍も強く、直径0.5ミリの糸で体重60キロの人をぶら下げることができる。しかも、石油由来のポリマーより25%軽く、よく伸びる。こうした糸をクモは常温常圧で、しかも非常に小さな身体の中でつくりあげてしまう。ある種のクモは自分のぶら下がる牽引糸、部分部分を結びつける付着糸、えさを捕獲する粘着糸、かかった獲物をぐるぐる巻きにする包糸、網の補強糸、風や気流に乗って旅する食べの遊糸の6種類の糸をつくり、使い分けているのである。

  いくら繊維メーカーが人工的にクモの糸を作ろうとしてもこの性能にはとうてい追いつけない。しかし、もしクモの体内の微細構造やそのナノレベルのメカニズムが解明できれば、人工的にクモの糸を作り出す、あるいはそれに限りなく近づくことができるかもしれない。

  これ以外にも「水族館で水槽内を何百匹、何千匹とかなりのスピードで泳いでいる魚たちはなぜ互いにぶつからないのだろう」「人間はたかだか36〜37℃の体温でなぜ体内でこれほどまでに高度な化学反応を起こしているのだろう」など解明できていない生物のもつ潜在的なテクノロジーがまだまだあるのだ。

  こうした技術は、「生物模倣技術」と呼ばれているが、これに「持続可能な自然素材を活用して、従来の人工素材を上回る性能を実現させた技術」を加えて私はそれをネイチャーテックと呼んでいる。

  ネイチャーテックは総じてライフサイクルの環境負荷が小さく、かつ自然のエンジニアリングとして歴史のなかで環境に調和してきた時を経た技術であるため、副作用も極めて小さいのが特徴だ。

  一方、石油なども基本的には非常に長い時間をかけて自然が作り上げた自然素材とも言えるが、現在人類が使用しているような石油の量を短いタイムスケールで再生産することは不可能なため、有限で持続不可能な自然素材と言える。また、それから人工的に合成されたさまざまな樹脂などは、持続不可能な資源から人工のエンジニアリングのプロセスを経たものであるため自然素材とは言えず、したがってこれを活用した技術はネイチャーテックには含まれないことになる。

  ネイチャーテックの代表格として1992年7月にブラジルのバラ大学がダイムラーベンツ社(現在のダイムラークライスラー社)の協力を得てスタートさせた、「POEMA」と呼ばれるアマゾン流域の貧困と環境を守るプロジェクトがある。

  このプロジェクトはアマゾンのマラジョー島において熱帯林の再生事業をスタートさせるとともに、その持続可能な林産資源から自動車部品を生産するというものだ。たとえばココナツの殻を分解して繊維を取り出し、天然ゴムの木からとれた生ゴムと合成して成形し、自動車のヘッドレストを生産するのである。森林を守りながら、地域の未利用資源を活用して付加価値の高い自動車部品をつくるのである。

  それ以外にもPOEMAでは、ヒマシ油などの植物からつくったギア用や油圧用の潤滑油の開発や、アマゾンのヤノマニ族も伝統的に用いてきた植物染料「ウルクン」の自動車用塗料化への開発にも成功している。まさに、“畑で取れるメルセデス・ベンツ”と環境の専門家たちから呼ばれる取り組みである。
  その結果今では、熱帯林を保護したままで5千人以上の新規雇用を生み出した。

  実はこの持続可能な自然素材を活用した自動車部品生産は、熱帯林という生態系の保護につながったことと、新たに雇用が生まれ地域経済が活性化したことのほかに、石油など化学燃料節約につながり、地球温暖化の元凶であるCO2排出も大切するなど一石何鳥もの数多くのメリットを生み出したのである。

  持続可能な社会をつくるためには、これまで見落として来たネイチャーテックにこそ目を向けるときであろう。


(慶応大学大学院政策メディア研究科助教授 金谷年展(かなやとしのぶ)

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 ディーゼルこそ、必要になる。
 『4x4MAGAZINE』 3月号 平成16年(2005年)2月26日

「燃料電池」をキーワードにディーゼルの必要性を考える

インタビューの冒頭で、金谷氏はディーゼルエンジンの未来について、 「エネルギーの有効利用という面から考えると、ディーゼルはとても大切な技術です。今後30年以上の将来にに亘って、不可欠な存在であり続けるでしょう」と明言された。氏は、様々な分野で、研究活動や提言をされている多忙な方だが、ディーゼルに関しては、主に「環境」や「エネルギー政策」の面から深く関わっておられる。ただし、単にディーゼル限った話ではなく、我々が生活する上で必要な「エネルギー」の使い方を、「地球」という広い視野から考えるのが氏のスタンス。クルマに関してはガソリンや軽油、天然ガス、バイオマス、DME(ジメチルエーテル)といった様々な燃料から、ディーゼルエンジン、ガソリンエンジン、燃料電池、ハイブリッドシステムといったハードの技術も含め、今後日本がどのようにエネルギーを使っていけばいいのか、を提案されている。

ここで、氏の提案の中心となるキーワードは「燃料電池」(*1)だ。なぜなら、燃料電池はクリーンで環境に優しく、そして効率のいいエネルギーシステムとして、クルマ社会でも中心的な役割を果たすことが確実視されているからだ。ではいったいディーゼルエンジンの必要性はどこにあるのだろう。それについては、「来る燃料電池の時代までに、世界に存在するエネルギー源を効率的に利用する手段として、最も実用的で優れているのがディーゼルだから」と言う。水素を利用する燃料電池は、コストや安全性、インフラなど、解決すべき問題も多く、誰もがそのエネルギーを自由に利用できるまでに、まだ多くの時間が必要なのだ。その点ディーゼルは軽油だけでなく、家庭からの廃油や、DME(*2)なども利用でき、多様な燃料に出揮毫できるシステムである上に、熱効率もいい。そして、ハイブリッド技術と組み合わせ、「ディーゼル・ハイブリッド」とすることで、プリウス等のガソリンハイブリッドエンジンを凌ぐ燃費が得られるようになると言う。しかし、今の日本の状態では、ディーゼルというだけで拒否反応を示す人が大勢いる。

ディーゼルの未来を語ると同時にその評価も正しいものとするべきだ

「ディーゼルは、今日本で異常なくらい低い評価を受けています。確かに、これまで受け皿としての不備はありました。例えば、NOxの規制値だけに偏り、PMの規制をないがしろにしていた古い排ガス規制です。また、住宅地のすぐ近くを大型トラックが通過するような都市構造や、常に渋滞を生むような交通政策なそ、反省すべきことはたくさんあります。そして、その当時のディーゼルエンジンの排ガスが実際に汚く、多くの被害者を出してしまったことも、明確に反省すべきことです。しかし、だから『ディーゼルを閉め出せ』と言って済むほど問題は単純ではありません。子育てを考えてみてください。きちんとした食を与えれば、子供はしっかり成長します。ところが、食べ物は悪い、まわりの大人も悪いという状況の中、不良になった子供を、『出ていけ』と閉め出すだけで本当の解決になるでしょうか?ディーゼルの問題も同じです。もとはと言えば、燃料が悪く、法規制も甘く、パワーだけを求められ整備不良でも平気で走らせる人が大勢いたから糾弾されたのです。私は国のNOx・PM規制も、石原都知事のディーゼルNO作戦に関しても生活環境の保護という面で評価されるべきだと思います。ただ、ユーザーの多くが『ディーゼルが悪玉』の意識を持ってしまったことに、将来的な問題を感じます。多くの方は、ディーゼルのことを『汚い、うるさい、遅い』うえに所有することが『よくない』と感じているでしょう。しかしそれは、10年前のディーゼルのイメージを持ったまま時を止めてしまったようなものです。現在のディーゼルは、ここ10年の技術革新によって、とてもクリーンになりました。NOxもPMの排出量もガソリンエンジン並みになり、地球温暖化の元凶となるCO2の排出量は、ガソリンエンジンよりずっと少ないのです。私は、最新のディーゼルはもう、人間の健康にほとんど影響を及ぼさなくなっている、と判断しています。そうやってディーゼルの実力を冷静に評価すると、実は忌むべき悪玉ではなく、近未来のクルマ社会の中で、とても重要な役割を果たすエンジンであることが見えてきます。先ほども述べた『ディーゼル・ハイブリッド』は、ここ10年15年で、間違いなくエルネギー効率のトップランナーとなるでしょう」

このクリーンなディーゼルが将来果たすべき役割は何か?
「世界の石油埋蔵量はあと30年とも言われていますが、ご存じのように、石油からガソリンを精製する過程で軽油は必ず生まれます。ですから、今の日本のように、ガソリンだけを消費し続けるわけにはいきません。また、ガソリンは水素のキャリアとなるため、より効率的なエネルギー利用法として、燃料電池用へとスムーズに移行していくはずですが、軽油や重油はディーゼルエンジンでしか使えません。では、ガソリンと軽油を両方効率的に利用するにはどうしたらいいのか…。実は、いいシナリオがあります。それは、燃料電池への過渡期に、ディーゼル・ハイブリッド車を幅広く活躍させていくことです。つまりディーゼルは、ガソリンエンジンが消滅した後も、必要な技術であり続けるのです。そのためには、今後ユーザーの意識改革を含めた、行政側の働きかけが不可欠でしょう。国のエネルギー政策として、もっと骨太に国家戦略の中に組み込まれるべきことだと思います。もちろん、ディーゼルを正しく評価して、それをユーザーに伝えるという努力も必要でしょう。


(*1)燃料電池
水の電気分解とは逆のプロセスで、水素を燃料とし、空気中の酵素と化学反応させることで発電する装置のこと。燃やさずに電気エネルギーを取り出すため、エネルギー変換にともなう損失が少ない。化石化燃料を使う内燃機関と異なり、排出物は水だけで、CO2もNOxも硫黄酸化物も一切排出しない。

(*2)DME(ジメチルエーテル)
天然ガス、石炭ガス化ガス、バイオマスなどを減量として製造することが可能な次世代の燃料。硫黄を含まず、セタン価が高くPM(粒子状物質)を全く排出しない点で優れたディーゼルエンジン燃料と言われている。ちなみに、DMEディーゼル自動車は既存のディーゼル車の燃料供給系の改造が必要

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 環境とクルマの新・共生社会へ変貌するディーゼル技術
  〜2010年にスーパークリーンエンジン車が走る〜
 平成17年(2005年)1月3日

日本と欧州では正反対

「これがディーゼル車とはとても思えない」
今年の5月のゴールデンウィークに横浜市の赤レンガ倉庫の広場で欧州の自動車メーカー、自動車部品メーカーなどが中心となって、ディーゼルの良さを知ってもらうことを目的としたイベント「スーパークリーンディーゼルオートフェスタ」が開催された。その中で最新のディーゼル車の試乗会も行われ、多くの人々が口々にしていたのがこの言葉である。

ディーゼルは日本では悪の代名詞として扱われている。
東京都の石原慎太郎知事が記者会見で、ペットボトルに入った真っ黒いすすをふって、「これが身体の中に入るんですよ」と言ってみせるパーフォーマンスが記憶に新しい。これを見た大半の人がディーゼルは健康被害、環境汚染の元凶で、ディーゼルは悪者だと感じてしまっただろう。

ところが、欧州ではディーゼルに対するイメージが全く異なる。
日本では考えられないことだが、ディーゼルに、知的で環境に優しい高級な車というポジティブなイメージを持っているのである。実際、ガソリンエンジンよりも製造コストが高いディーゼルは「高級車に相応しい」と、プライドをもってこのエンジンをつくるエンジニアも多いと言う。

2002年欧州市場におけるディーゼル車販売台数は、乗用車、大型車を含めて580万台。なかでもフランスはディーゼル車比率が60%と高く、ルノーの予測では2006〜07年には欧州全体でも50〜60%にまで拡大されると見込まれている。環境意識の高いドイツでは2001年上半期の国内自動車メーカー全生産量のうちディーゼル車が占める割合は37.4%。同時期の日本は7.8%であるから、4〜5倍ということになる。さらに、そのうち乗用車に限ると日本ではディーゼル車比率がガソリン車比0.4%とほとんどゼロといっていい状態になっているのに対し、欧州ではなんと全乗用車の40%以上をディーゼルが占めている。

革新技術が"歴史"を変えた

では、日本と欧州のこうしたイメージの極端な差はなぜ生まれたのか。
それは、冒頭のディーゼル試乗者の感想にも端的に現れているように、今のディーゼルを知っているか、知っていないかという点が極めて大きな要因だろう。実はディーゼルエンジンは1997年頃を境に全く別のエンジンにかわったと言っても過言ではない。

その重要な技術革新の要素が「コモンレール」と「ターボ」だ。
コモンレール式ディーゼルとは、その名のとおり、高圧燃料を蓄圧室(コモンレール)に蓄え、エンジンの運転状況に応じて最適な噴射量と噴射タイミングをコンピューター制御で決定し、電磁式のインジェクション・ノズル(燃料噴射弁)から噴射する方式である。コモンレールによる超高圧噴射と多段噴射はトレードオフの関係にあったPMとNOxの両方を大幅に減らし、さらに騒音をも低減させることを可能にした。

ターボとは一種の空気圧縮機のことで、大量の空気を圧縮した状態でエンジンの燃焼室に送り込む。圧縮された空気は密度も増しているので、より多くの酸素を送り込んでいわゆる過給状態で燃焼させることができる。それで同じ大きさのエンジンでも、ターボつきの場合はより高出力を発揮することができるようになった。

ターボとの相性はノッキングが発生しにくいので、ガソリンエンジンよりもディーゼルエンジンのほうが良い。ディーゼルがターボを備えた場合、高出力のうえ、エンジンの小型化が可能になって燃費がさらに向上する。エンジンの小型化・軽量化は、それを支えるシャーシーの軽量化に、そして車両重量の低減につながり、相乗的に燃費向上が得られる。

こうした「コモンレール」と「ターボ」などの技術によってまさに「ディーゼル」は「クリーンディーゼル」へ生まれ変わった。

図1はディーゼルの最大の欠点であるPMとNOxの排出規制の推移を示した。
2003年から2005年までの規制は「新短期規制」と呼ばれ、NOxは未規制だった1974年以前の排出と比較すると当時の80%減まで抑えられており、またPMのほうも1994年以前から80%の低減となっている。
今年の秋から施行される「新長期規制」ではさらに厳しい。これは2010年に予定される米国の規制が実現するまで、世界で最も厳しい規制となり、NOxでは同88%減、PMでも同97%減にまで抑えられる。加えて、「燃料」「燃焼」「後処理」と「制御技術」のそれぞれで、数多くのディーゼルエンジンに関わる技術革新が進行中で、“クリーンディーゼル”は2010年ころには“スーパークリーンディーゼル”へとさらに生まれ変わることが期待されている。
このように静かでクリーンでパワフルに生まれ変わったディーゼルに乗る機会の多い欧州では、1990年代後半からディーゼル車がぐんぐん選ばれていった。

一方の日本は、悪いイメージが加速されるとともにディーゼルが減り、クリーンになったディーゼル車に乗る機会もほとんどなくなり、メーカーもディーゼル車を投入しなくなるという悪循環に陥っていった。

このように特に日本でディーゼルの悪いイメージが定着してしまった理由はいくつかの複合的要因が考えられよう。
一つは、日本では1970年代に光化学スモッグの多発からNOxの規制が実施されたが、 当時のディーゼル技術ではNOxとPMがトレードオフの関係にあったため、一方のNOxのみの規制によりPMの排出量が増加することとなってしまった。それにも関わらずPMの規制が行われたのは1994年と、約20年間もPM問題が置き去りされた。
これによって黒煙をまきちらすトラックがしばらく走りつづけることになってしまった。 過積載トラックが数多く走っていたことや長持ちするというディーゼルの長所が逆にあだとなって、こうした古い悪いディーゼルが最近まで走りつづけていたこともそれに拍車をかける要因となった。

二つ目はこうした状況によって住民への健康被害が発生し、明確にそれを裁判の判決が裏付けたことだ。
2001年、PM規制の流れを一気に加速させる重要な訴訟判決が言い渡された。1月31日、神戸地方裁判所は「尼崎大気汚染公害訴訟」の判決で、「住民が健康を害したのはディーゼル排気粒子が原因である」と言明し、国と道路公団に「一定以上の汚染を出してはならない」という、いわゆる公害差し止め命令を言い渡したのである。

さらに、これは日本の交通システムとまちづくりにも深く関わっている。
日本で高度成長以降、都市への一極集中も加速し、道路のすぐ隣まで住宅が密集してしまうことになってしまった。これもディーゼル排出ガス問題を深刻化させた。早い時期から都市デザインという考え方が根づき、一極集中を避け、衛星都市を幹線道路でつないでいる欧州では、こうしたことは見られない。都市の真ん中まで大型車が侵入してくるようなことも少ない。きちんと迂回するバイパスが用意されており、都市のなかは小さなトラックに荷を積み替えて走るように制限されているのだ。

三つ目は走行距離の違いだ。
小さな島国である日本ではかなり走る人でも一年間に1万キロ程度だが、国が陸続きでつながっている欧州のディーゼルユーザーのなかには一年間に3〜4万キロ、人によっては10万キロ近くも走る人が少なくない。これだけの長距離を走るなら、燃費のいいディーゼルが圧倒的に優位だ。日本ではディーゼルのランニング・コストによるメリットが小さいため、完全にイニシャル・コスト志向になってきたのだ。

そして四つ目は前述したようにやはりあの石原東京都知事のパーフォーマンスだろう。
これはディーゼルの悪イメージにある意味とどめを刺した。
しかし、誤解のないように言っておくが、私はむしろ東京都の「ディーゼルNO作戦」こそ燃料の軽油の低硫黄化を促し日本のクリーンディーゼルへの動きを加速させることになったと考えている。ただひとつ注文をつけておくと「ディーゼルNO作戦」ではなく「古い悪いディーゼルNO作戦」と命名すべきであったろう。


地球温暖化対策の切り札

これまで、ディーゼルはその最大で唯一の欠点「排出ガスによる大気汚染」を克服しつつあることを中心に述べてきたが、これを除けば実はディーゼルには耐久性、燃費、CO2排出、燃料多様性、パワーなど極めて大きな長所が数多く存在している。この中でもCO2排出については地球温暖化防止の観点からも対策が急務となっており、今年2月には、日本として2008〜2012年に1990年レベルのCO2排出の6%減を達成させるという「京都議定書」が発効された。さらに地球温暖化対策推進法も今年中には国会を通過して、来年4月には施行される運びとなっている。

地球温暖化対策の中でも年々CO2排出量が増え続けている運輸部門の対策は極めて重要であるが、今のところ決定的な対策が見当たらないのが現状だ。期待された燃料電池自動車は未だ残る多くの技術的課題やコストの課題からその普及は2020年を過ぎてからと見られている。

こうした中でディーゼル車の役割の重大性が改めて注目され始めている。
ディーゼル車はガソリン車に比べて燃費が良いため約20%程度走行中のCO2の排出量は少ない。もし日本でディーゼル車比率が10%になるとCO2を約200万t減らすことができる。これは運輸部門のCO2排出削減割り当ての約13%にも達する。さらに燃料製造の段階でも精製過程が複雑なガソリンとシンプルな軽油ではCO2排出量に大きな差がある。同様に日本のディーゼル比率が10%になると、燃料製造プロセスでのCO2排出量は約170万t減るという試算もあり、これらを合わせると約370万tのCO2排出削減、運輸部門のCO2排出量削減割り当ての約25%に相当する。ディーゼル車比率をさらに増やして仮に40%になったとすると、何と1500万tのCO2排出量削減、運輸部門のCO2排出削減割当てをこれだけでほぼ達成してしまうと言う事になる。

またディーゼル車の燃料は当面は化石燃料である軽油が中心となるが、その他にも廃食油や菜種油などバイオマス資源でつくられた燃料も活用することができる。こうしたバイオディーゼルだとCO2排出と吸収の収支がゼロになるカーボンニュートラルを実現でき、こうした燃料を一部軽油に混ぜることによってさらなるCO2排出削減が可能となる。

今後は天然ガス起源のGTLや天然ガスのみによらず石炭ガスやバイオマスなど様々なものを起源にしてつくられるDMEなどディーゼルの新燃料も実用化されつつあり、スーパークリーンディーゼルの一翼を担うと考えられる。さらにそのスーパークリーンディーゼルの最終形がディーゼルハイブリッドだろう。

通常ハイブリッドといえば、ガソリン車のイメージではなかろうか。トヨタ自動車が1997年に発表したガソリン車のハイブリッド、「プリウス」は新しい技術とコンセプトを持つエコロジカルな車として大きな話題と人気を呼んだ。

図2には各種の自動車の車両効率と総合効率を示した。

ディーゼルハイブリッド車(ディーゼルHEV)の総合効率は、当面の目標値でも燃料電池車(FCV)を大きく上回っており、燃料電池ハイブリッド車(FC−HV)と同程度である。将来的にも両者の優越は均衡しており、ディーゼルハイブリッドこそが燃料電池に対抗できる唯一のシステムになる可能性が高い。

さらにハイブリッド化することにより、ディーゼルエンジンで排出ガスが悪化しがちな加速時など、モーターの補助を得ることができれば飛躍的な排出ガス改善が可能になる。ことにディーゼルにとって強い味方であるターボチャージャーの泣き所は唯一レスポンスがどうしても悪く、加速直後はターボがすぐに効かないことだ。しかしこれを、モーターでアシストできれば鬼に金棒である。さらに排気後の処理が困難となる低負荷の運転を中止することができるので、その点からのメリットも非常に大きい。
バイオマス起源の燃料を活用したディーゼルハイブリッドは非化石性燃料起源の水素を活用した燃料電池車とともにCO2削減、そして今やエネルギー自給率わずか4%という日本の自給率の向上にとっては持続可能社会におけるモビリティーの究極の姿であろう。
さらにもうひとつ。燃料電池、水素エネルギー社会への移行という意味においてもディーゼルは非常に重要な役割を演じる。
原油からは、ガソリン、灯油、軽油、重油といった石油製品が精製時に一定のバランスでつくられる。このなかで改質によって水素を取り出すことが比較的容易なのはガソリンと灯油で、これらの改質器は既に実用化されているが、ディーゼル燃料の軽油は改質して水素を取り出すことが大変難しい。したがって水素を取り出しやすいガソリンはなるべく燃料電池車用の水素に、水素を取り出しにくい軽油はそのままスーパークリーンディーゼルエンジン用として使っていくことが望ましい。
このようにして石油を最も効率よく使い切ることで、原油全体の消費量を減らしていくことができ、天然ガスやバイオマスなど再生可能エネルギー起源燃料に転換していくことが容易になってくる。
また前述したDMEやGTLなどはディーゼルにも燃料電池にもどちらの燃料ともなるので、インフラの共通化を図りやすい。燃料電池車の普及にもディーゼルは不可欠なのである。

汚名をすすぐ日
このように見てくると、ディーゼルは悪者ではなくむしろ環境、エネルギー問題の救世主で、今程ディーゼルが求められている時代はないことがわかる。こうした状況の中で日本政府にもディーゼル推進の動きが起き始めてきた。
経済産業省は昨年9月より「クリーンディーゼル乗用車の普及・将来見通しに関する検討会」をスタートさせた。前述した「スーパークリーンディーゼルオートフェスタ」のように民間でもディーゼルの推進の動きが芽ばえてきている。(写真)
人間社会でも風評被害にあったものが復活するには大変なエネルギーが必要となる。仮にディーゼルが未来の地球と人間にとって極めて重要な存在であった場合、それをイメージが悪いといって除外してしまうことは、結局、体裁を優先して子孫から本来享受できるベネフィットを奪ってしまうことになるだろう。
もちろんこれまでのディーゼル車をつくってきたメーカーを全面的に肯定するものではない。さらなる努力の余地があったことも否めない。しかし、日本では“ディーゼル”は本来の実力に比べると間違いなく過小評価を受け、非常に不遇な運命をたどってきたと言わざるを得ない。
実はこうした悲運はディーゼル誕生からすでにスタートしている。
ディーゼルエンジンは19世紀の終わりにルドルフ・ディーゼルによって開発された。
ルドルフは、当時動力の主力だった蒸気機関の効率の悪さやメインテナンスの困難さを目のあたりにし、究極の熱効率のエンジンをつくるという強い思いにかられディーゼルエンジンの試作を重ねた。構想から19年の月日を経て1897年、ついに当時の熱機関の頂点の性能を示す熱効率26.2%という新記録を達成するディーゼルエンジンの長時間運転に成功した。それから100年以上経つ今でもこのディーゼルエンジンは内燃機関の中でトップの熱効率を誇っている。
ルドルフはディーゼルエンジンの開発の前提として地域でできる再生可能な植物油を使うことを念頭に置いていたと言われ、バイオマス資源の重要度が一段と高まっている今日こそ、その先見性と技術哲学が見直されよう。
しかし、そんなディーゼルも順風満帆とは行かなかった。やはり同時代に開発され実用化されたガソリンエンジンは、小型で軽量なため自動車に搭載され一躍脚光を浴びていった。
ディーゼルエンジンのほうは小型化が困難だったため、その熱効率の高さにも関わらず、内燃機関の主役の座を得ることはできなかった。ディーゼルは自動車ではだめだ、という風評が広まった。そしてルドルフは1913年自ら命を絶った。
ルドルフの死から11年経った1924年、ベンツ社(後のダイムラー・ベンツ社、現在のダイムラー・クライスラー社)がディーゼルトラックを発表、さらに1936年にやはりベンツ社が世界初のディーゼル乗用車を市場投入した。
それ以来、ディーゼルエンジンはさらなる進化をとげ、「大きなものから小さなものまで動かす力」として一気に花を咲かせることになる。
そして今、ルドルフが「自動車にディーゼルはだめだ」というディーゼルの悪評に苦労していたころから100年経ち、再び悪者になったディーゼル。そしてクリーンディーゼルの登場とともに蘇った欧州のディーゼル乗用車といまだ絶滅の危機にさらされる日本のディーゼル乗用車。日本はこれからどこへ向かうのか、その選択は私たちユーザーにかかっている。

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  “ディーゼル普及元年”世論に周知図れ
 『輸送経済』 平成17年(2005年)1月4日
役割はむしろ広がる
欧州の普及 乗って楽しいから


 燃料電池自動車が市街地で試験的に走行するようになり、次世代エネルギーとして燃料電池への注目が高まっている。究極のクリーンエネルギーといわれる燃料電離の登場で、ディーゼル車の役割はどう変わっていくのだろうか。
 金谷氏は「燃料電池社会の到来は大きな可能性を秘め、極めて重要だと考えている。だが、今の時点のCO2対策としてディーゼル車は非常に有効だ」と語る。
 燃料電池の普及は徐々に進んでいくというが、今後二十〜三十年の間は、石油が主流エネルギーであり続けるという。金谷氏はそのことを踏まえながら、石油を最大限効率的に使う視点が重要と指摘。そのなかでディーゼルの役割はまだまだ十分にあると主張する。

 燃料電池は水素と酸素の化学反応を利用した発電システムだが、燃料となる水素を取り出すのに、石油は有力な素材のひとつ。
 水素はガソリンや灯油からは取り出しやすいものの、軽油や重油からは取り出しにくい。また、コストもかさむという。石油の精製過程では、軽油や重油は必ず出るため、ガソリンだけを精製するわけにはいかない。
 金谷氏は「今後、燃料電池が普及し、石油から燃料電池用の水素を取り出すのにもガソリンの利用が増える。その一方でディーゼル車を普及させ、軽油を効率的に利用していくことが、石油全体の利用やCO2削減にもと利にかなっているのでは」と指摘する。

 また、DME(ジメチルエーテル)を燃料にしたディーゼルエンジンのトラックも注目されている。 コープ低公害車開発や福山通運など民間九社と産業技術総合研究所は、DMEを燃料とした車両総重量八トンのトラックを開発。昨年六月ごろに長距離走行実験を行っている。
金谷氏は「DMEの利用が、将来どれくらい広がるかは見えにくい。ただ、日本のエネルギー自給率はわずか四%。自国のエネルギー確保などを考えるとひとつの選択肢として残したほうが良い。DMEの利用が広がってもディーゼルは十分活用できる」と太鼓判を押す。
DMEは通常、天然ガスや石炭からつくりだすことが多いが、バイオマス(生物資源)からも製造できる。

「日本は森林も多く、残材も十分。ゴミからもDMEは製造可能だ。数十年後にバイオマスを活用する時代が来ても、ディーゼルは生き残れる」という。 ディーゼルエンジンはトラックやバスだけではなく、乗用車でも効果を発揮できるのか。

一般ユーザーの潜在需要は高い
 金谷氏は「トラックは構造上、ディーゼルの利用は必然だが、乗用車には選択肢がある。ディーゼル乗用車がゼロ%に近い日本は、ヨーロッパと比べると著しくバランスを欠いている。地球温暖化問題などを考え、一定の乗用車割合をディーゼル車にシフトする効果は極めて高い」と語る。
 金谷氏によれば、ディーゼルの良さを見直そうとする試みも、マスメディアなどを通じて徐々に広がっているという。

 ディーゼルのイメージアップを図るのに最も効果的な方法を尋ねると、「一度ディーゼル車に乗ってみれば分かる。これまでの悪いイメージが吹き飛ぶはず。ヨーロッパでディーゼルが支持されるのは、環境意識が高いというより、乗ったら病み付きになることが一番の理由だろう」と身をもっての体験を薦める。
 「ユーザーの方がディーゼル車を潜在的に求めているのではないか。もう少しメーカーがディーゼル車の製造に乗ってほしい。触れるチャンスができれば、世論は一気に盛り上がり、CO2に関係なく、ディーゼルに乗りたいという声が高まるはずだ」という。
 今年から始まる新長期規制の排ガスについては、「NOx(窒素酸化物)やPM(粒子状物質)の水準は、普通に生活する場面において、影響を与えることは、まずあり得ない」という。
 さらに、今年答申の出るポスト新長期規制になれば、NOxもPMもガソリン車並みになるとしている。

 これだけメリットを挙げられるディーゼル車が日本ではなぜ悪玉になったのか。
 金谷氏は、「交通システムや都市計画にも問題があった。ヨーロッパでは大型車の走行ルートと住宅街を区分し、物流ルートと居住空間のすみわけたが、日本ははじめからそのような思想がなかった」という。
 「大型トラックが高速道路などで住宅街から離れた場所で走る分には、大気汚染も問題にならなかったと思うが、民家のすぐわきを通る交通システムになっていたため、影響が顕著だった。大通りから二、三十メートル離れれば、大気の状態もぜんぜん違う」と話す。

 金谷氏は、環境対策と合わせて、行政が都市計画や交通システムを今後長期にわたって見直す必要があるという。
 「トラックは物流にとって必要不可欠。環境に加え、安全の視点からも、トラックのルートと居住空間を上手くすみ分けることで、さらに社会との調和を保てるはず。検討しても良い時期ではないか」と語った。

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  「新たなエネルギー社会を見据えたバイオマス利活用の方向性」
 『開発こうほう』 1月号
 いよいよ来年、家庭用の燃料電池が発売されます。これもまだ当面、あと2、3年はかなり値段が高い事が予想されますが、とりあえず一般家庭でも1kWクラスの家庭燃料が買えるようになるということで、いよいよ市場投入前夜という段階になってきています。
さて、こういった燃料電池の中でも、当面はインフラが整っている化石燃料系のものから水素を取り出すということですが、やはり将来的にはバイオマス、あるいは水、あるいは日本の場合は複性水素もたくさんあるのですが、こうしたものから水素を取っていく必要があるということで、バイオマスにも大変期待がかかるのです。

 全国のバイオマス技術というものを何十か所か見せてもらいましたが、最近いろいろ革新的な技術も出てきました。その中の一つで、エネルギー利用へ向けての技術としては非常に面白いと思ったのは、この北海道の留萌にすでにできている「マルチコンバージョンシステム」と呼ばれる亜炭化装置です。  家畜糞尿、農業残さ、水産物廃棄物、生ごみ、下水汚泥、プッラスチック、木、そういったものすべてをこのような釜に200℃、20気圧、この20気圧というのっがみそなのですが、入れますとわずか45分で炭化の前段階の粉土のような状態になって出てくるのです。私が行ったときは、魚そのものを入れてましたが、骨も何もすべてこうした状態になって出てきていました。

 このシステムの特徴は、何を入れてもよいということです。これには、20気圧という、亜臨界に近い領域での水蒸気の活性度がかなり影響しているのです。ある程度の水分調整が必要ですが、出てきたときに50%くらいの水分が、1日たつと20%まで減るのです。これはおそらく、この圧力をかけ、この温度でやることで、粒子の形状がかなり乾きやすいものになるからです。実はこれをそのまま、いまの熱分解炉に入れてしまえば、ガズ化して発電もできる。

 燃料電池はまだちょっと値段が高いので、当面はガスエンジンなどを使うにしても、ウエットバイオマスから極めて高い効率でエネルギーを取り出すことが可能になるのです。このシステムのもう一つのメリットは「分散型」に適しているということです。非常にコンパクトな機械でよいのですから、バイオマスかを遠くから大量に回収する必要がない。それから、将来はSOFCなど高効率の燃料電池が実用化されてくれば、ある程度のバイオマス資源、ウェットなものでも、だいたい1日1トン当たり50kWを定格で発電できる、超高効率のバイオマスエネルギー活用の可能性が出てきます。

 また、このシステムのもう一つ大きな特徴は、作られた阿炭化された粉土状の物質が有機肥料としても極めて有望だということが分かってきたとです。それが「マルチコンバーションシステム」といわれる所似です。いずれにせよ今後のバイオマス技術の確信とそれが普及するための法改正など環境整備に期待します。

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